自己表現についての考察。



あ〜寝れない〜。体調悪い上に睡眠障害か・・まあいいけど。

最近出会った方に、何かCDとかデモ音源とか出してないんですか?サイトを持ってるんだったら何かあなたの音楽が聴けますか?という質問がありました。

紹介できるものはありませんし、僕のサイトにも音楽は置いてません。ちょっとだけ友人のサイトに僕の曲とか置いてあるかもね・・・・・まがいなりにも子供の頃からいろんな楽器を専門的に学んでいるし、ジャズを始めて6年になります。アメリカの音大を卒業して、卒業制作などなど音源も多々作ってます。紹介しない理由ですか?簡単です。僕の基準で納得できるものが何一つ無いので恥ずかしくて人に聴かせられないだけです(泣。

最悪に自意識過剰ですね。不思議なものでどれだけクウォリティーの高いものを作ったつもりでも、自分のモノということでフィルターが掛かっちゃうんですね。悪い部分が気になってしかたがない。みんなそうなのかもしれないけど、自分の曲&演奏は特別。

僕は演奏中に緊張したりトラブって頭が真っ白になったとしても、自分が演奏した内容はかなり正確に覚えている方だ。普段の演奏だと一日以内なら思い出してあるていど譜面に書くことができるし、演奏を聞き直したらその部分で何を考えてどんな心理状態で演奏していたか思い出せる(これはある程度修練を積んだ音楽家なら当たり前だと思うけど)。

だから自分の曲&演奏を聴く時と言うのは、絶え間ない後悔と反省とその改善方法を考える時間であり、決してたのしい時間ではない。だから自分のCDをきいてリラックスできる人や、自分の番組を全て録画して家で見ながら笑える明石家さんまの脳内が、まったく想像できません。

これって何かを表現する人にとって決定的にまずいことかもしれないな・・・なぜ僕が音楽をやっているのかということにもつながるかもしれないし。

僕にとって曲を作る&音楽を演奏するというのは、食欲や性欲とけっこう同じようなもので快楽を求める手段だと思う。その行為自体が快楽な訳で、他人に見られているのや見せることが必要ではないと思いたい。しかし良い音楽を求めるということは、比較するということである。他人と比べたり人に評価されたりすることが、気になってしかたがなく神経質になったりするのは、クウォリティーの高いものが作れていることを確認する手段だからだろう。これって結局は自己ステータスに対する欲求が強いってことで、俺ってすげ〜だろ〜ゲヘへって人俺の歌を聴いてくれ〜って世界中に振りまいている人の自己陶酔となんら変わりがないわけだ。

じゃあ何が他の人と違うんだろうと考えたら、自己ステータスに対する欲求が強い上に自己評価が低いという結構矛盾したメンタリティーが僕の基盤となっているところが問題なのでは。簡単に言うと世の中でさらし者にされて批判されるのが恐いだけなんですけどね。こんな人が作ったサイトがここです・・・分かりやすいでしょ。

こうやって反省してみると、こんな考え方が自分の中で壁になっていて音楽にも影響してるんだなと。自分の音楽とちゃんと向き合って、けっこうイイじゃんもっとがんばろう、と思えるようになったらその時点が僕の本当の芸術家としての出発点になるだろう考え始めてます。

深夜のヤバい精神状態での独白終わり。。

投稿日時: 木 - 2 月 12, 2004 at 08:32 午後